アンダレー 2021.5.10

バイクの何がいいって聞かれたら困るけど その3

アンダレー

青雲~、それは~、と歌う私の目の前にドーンと富士山が現れた。おお、美しい。美しいな、マッケンさん!

しかし談合坂SAを一緒に出たはずのマッケンさんの姿は既になかった。バイクの性能が違いすぎるのだ。それに姿が見えたところで会話はできない。時速100km時の制動距離は約84km。つまりそれだけ車間距離をとる必要がある。歌おうが笑おうが飛沫は誰にも届かない。バイクは今の時代、理想的なディスタンスを保てる遊びなのだ。

景色がきれいな中央道は走るのも楽しい。遠くに雪をかぶった山が並ぶ。気持ちいい。首にかけたカメラのシャッターを押しまくる。

長いトンネルを抜けたあたりで急に空気がひやりとし、ふいに背中をトントンと叩かれた。うわあ! 全身からぶわっと汗。時速100kmで背中をトントンできるのは、どう考えても人ならざる者だ。しかし! 心を乱すな。恐怖に飲まれた時に人は妖怪に負けるのだ…!

と、人知れず2秒ほど精神力を試されたが、何のことはない、いたずらな風がヘルメットのゴーグルを背中側で揺らしただけだった。背中をトントンされながら高速を降りると、マッケンさんが待っていた。波止場の加山雄三も怯むほど堂々たる仁王立ちで。眩しすぎるゼ!



山梨の愚連隊とは久方ぶりの再会だ。ゴミはゴミ箱に捨て、お年寄りには席を譲り、西に疲れた母あれば行って稲の束を負い、病気の子供は看病してやる愚連隊だ。これは愚連隊ではないですね。雰囲気としては国民的アイドルグループTOKIOに近い。YAMANASHI。

かつては100kg超級だった「DK」は、山梨の狂犬と呼ばれている。という話は聞いたことはないが、制御不能っぽい見た目に反し、コンピューターを使って緻密な仕事をしているそうだ。政府の極秘情報などを入手しているのだろう。妻のために料理もし、「女の人たいへんッスね!」と好感度の高い発言もする。株で言うなら買い銘柄だ。しばらく高値キープだろう。

「ミユ」と「ナルミ」は山梨の宝石と呼ばれている。かどうかは知らないが美女。美しく、かつ真逆ぐらい個性の違う二人だ。魅力といってもいろいろだと実感する。ほら、バラのように香り立つ美しさもあれば、ひなげしの可憐な輝きもあるし、ハイビスカスの奔放な明るさもあるでしょ。花だと伝わらないか。車でいこう。

マセラッティの獰猛な色気、ミニクーパーの躍動感ある愛らしさ、コルベットのみなぎる闘志など、魅力とは実に多様なものだ。もちろん私にだって魅力はある。例えて言うならブレーキの壊れた軽トラのような魅力だ。おわかりいただけただろうか。

山梨勢の中には「世界一かっこいいまさし」もいる。「喪主まさし」から進化した経緯は、私をほめてくれたから。正確には、ほめたのは私のバイクだが、この程度の捏造は許されるだろう。

1日の終わりにロッキングチェアに座り、遠い山並みを美しく染める夕日を眺めながら、私(のバイク)をほめてくれるまさしとタバコを一服できたらどんなに幸せだろう。むろん毎日などと贅沢は言わない。私は控えめな性格なんだ。月に1度もなくていい。10回ほど使える年パスを発行してもらえれば大丈夫だ。誰が。誰に。

そんなまさしと2ショット写真を撮ってもらったのでお見せしよう。

クリス・ジェリコ

間違えた、これはクリス・ジェリコだった。WWEをはじめ世界のプロレス団体を股にかけるスーパースターだが、これはまさしではない。

ザ・グレート・サスケ最高

これはザ・グレート・サスケだ。ジュニアヘビーのレジェンドでありながらハードコアマッチもこなす、ある意味世界一かっこいい男だが、これもまさしではない。
ちょっと見当たらないのでまたの機会に。まさしの風貌を説明しておくと、『イージーライダー』なら善意の市民にショットガンをぶっ放されそうな感じです。

そんなYAMANASHIメンバーと川沿いの道を走る。空が広い。この解放感。最高。実はDK、この日のために下見までしてくれたそうだ。まちがいなく買い銘柄だ。

視線の先に大きな橋。その向こうの空が急に広い。え、海?

諏訪湖だった。諏訪湖、でかい。諏訪湖、広い。諏訪湖、気持ちいい。太陽に輝く諏訪湖のほとりを爆走するうち、言葉は徐々に姿を消し、感覚だけになっていく。これこれ。バイクに乗っててよかったと実感する瞬間だ。

今、感じているこの気持ちは、私だけが感じているものだ。それも2021年5月3日の私だけが感じられるもの。若い頃は別の感じ方だっただろうし、年を取ればもっと違うふうに感じるだろう。「今、ここ」に、私が重ねた過去の時間が交差する瞬間とでもいうのか。何があっても生き続けようと思う瞬間だ。

アンダレー

諏訪湖は横溝正史の『犬神家の一族』の舞台だとマッケンさんが教えてくれた。さすがぁー。

マッケンさんは文化、歴史、地理に詳しく博学だ。ちょっとした話題も、その知識で豊かにしてくれる。しかし同時に、強烈な発言で勝ち星をみずからドブに捨ててもいる。

この日は、綾瀬はるかのモノマネと称して「たいぎい、たいぎい☆」と200回ほど言い続けていた。本当に綾瀬はるかの口癖なのか、あるいはドラマのワンシーンなのか、そんな情報は一切ない。周囲の者から起こる笑い声には、困惑、羨望、狼狽、仰天など複雑な感情が含まれていた。マッケンさんは計り知れない男なのだ。

昼は「東山食堂」でジンギスカン。人気店のようで15組待ち。しかしマッケン&軟式ショーを見ていたらすぐだった。

目の前のDKは、大盛りのご飯に焼き立ての肉をドーンと乗せてダイソンも真っ青な勢いで食べている。これはもう祭りだ。DKによる肉祭りだ。ジンギスカン人数分に加え牛ロース、ホルモンも2人前。ラーメンも頼んだ。頼みすぎて最終的にホルモンの押し付け合いになる。たいらげて会計をしたらサービスでソフトクリームが差し出された。むりだけどありがとう!!!

帰りの道も気持ちいい。バイクに乗っているときがいちばん幸せだ。多幸感にアクセルを握りしめる。その横をけたたましい音を立てて追い抜いていくDKの頭上に

 死亡事故
  多発


と電光掲示板が輝いていた。続いて、

 いのちを
 まもろう


了解です。

アンダレー

広い空の下を走ると、日常の悩みの小ささに気づく。さまざまな心配事が現実に起こったことなど、今まであっただろうか。いや、ない。悲劇はいつだって思わぬ角度からガーンとやってくる。倒れても立ち上がる覚悟だけあればいい。先のことを考えても無駄だ。実際に「夕方には寒くなるかも」とワークマンに立ち寄って買ったパーカーも無駄だった。いや、まあかわいい色だしいいか……。

そこにマッケンさんが笑顔で「まさしはかわいいって言ってくれなかったけどね」と現実を突きつけてくる。やめろ。それよりまさしの年パスをどうにかしてくれたらどうだ。

このようにマッケンさんは弱者にも容赦なく拳を叩き込む非情なハードパンチャーだが、それでも私はマッケンさんが大好きだ。どんなに忙しくてもマッケンさんの誘いだけは断らない。楽しいからだ。

極悪非道な顔をして実は視野も心も広いマッケンさんは、つまらなそうな人は見逃さない。それとなくケアする。がんばっているヤツもスルーしない。それとなく助ける。私も助けられたことがある。

フリーでやれるかどうかという時期に、自主制作のZINEを出した。安くはない。マッケンさんは買ってくれた。その頃はまだネットの中のmac-jetさんとしてしか知らなかった。

「ただじゃないならいいや」ってモノで溢れる世の中だ。私の書く記事だって、タダじゃなければ読まない人は多い。それでも私の書くものに金を払ってくれる人がいる。その事実に何年も支えられた。これからも支えてくれるだろう。

そんな感謝を込めて、寒そうなマッケンさんにシャツを貸そうと申し出たら「ストリートファイターの奴が着てそうだからいらない」と断られた。

かわいいって言ってくれてもいいんだよ。


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