アンダレー 2021.10.2

夏の終わりのキャンピングカー

女だけのキャンプ

夏の終わりに女だけでちょっとした冒険をした。キャンピングカーをレンタルし、1泊2日のキャンプをしたのだ。私と友だちとそれぞれの娘を連れて。

きっかけは、仕事の知人の”お別れ会”。急にこの世を去ったその人のお別れ会は、コロナで会えなかった仕事仲間たちを一堂に集めた。その人を偲んで時に目をうるませながらも、募る話が次から次へと湧き出した。そこで仲のいい仕事仲間が、キャンピングカーがレンタルできることを教えてくれたのだ。

キャンピングカーってアレでしょ、家に車輪が付いたやつ。子供の頃はこれがあれば世界が滅びても大丈夫じゃんと思っていた。ノストラダムス世代はいつだって世界の滅亡を見据えているのだ。当時はガソリンという現実は知らなかった。そのキャンピングカーがレンタルできるんですか!?

ええ、僕も撮影で何度か借りていて。ほら、ここですよと教えてくれたサイトには、憧れのキャンピングカーがあった。即座にレンタルしようとする私の指を、心の司令官が止める。

落ち着け。未知の国での単独行動は危険だ。

そうだ、1人ではリスクが大きいし何より楽しくない。キャンピングカーに初めて乗る喜びは、分かち合わねばならない。旧知の友人にメールを入れる。連絡するのは2年ぶりぐらいな気がするが、単刀直入に行く。
「キャンピングカーでキャンプ行きたくない?」
しばらくして、単刀直入に返信があった。
「行きたい」
即座にレンタル予約した。それからはワクワク以外していない。

借りたのは6人乗りタイプ。マツダのトラックがベースで、普通免許で運転できる。レンタル料金は24時間で2万4000円。2日借りると4万円ちょっと。これが「意外と安い」なのか「まあまあする」なのかは正直わからないが、夏休みを外出自粛で過ごした私だ。金ならある。

数日前に友人と作戦会議をする。
「キャンピングカー初めて乗るんだー」
「わたしもー」
「風の影響受けるらしいねー」
「らしいねー」
2人とも特に有益な情報は持っていなかった。それに風の影響を受けると知ったところで、風をいなすドラテクは持っていない。「風の影響受けるねー!」と驚くぐらいしかできない。

しかし何の心配もしていない。私たちは2人とも旅好きで、国内外で様々な冒険をしてきた。一緒にアメリカでレンタカーをし、雪中キャンプをしながら旅したこともある(子連れで)。体力もある。
何より育児経験者だ。はっきりいって育児は大変だ。仕事もするとなるとさらに大変だ。行政からはまあまあ見放されているから自分でどうにかするしかない。そうこうするうちに、ラスボスも倒せる経験値を手に入れた。そんな私たちに乗り越えられない困難など存在しない。

想像通り、キャンピングカー旅には最高しかなかった。

女だけのキャンプ

この世の果てに続くかのようなアクアラインを越え、千葉の館山に向かう。風の影響を待つがそれほどない。「風の影響ないねー!」と笑う。運転は意外と普通車と同じ感覚で、目線が高いぶん、より軽快だ。運転する私の横顔を友人が撮ってくれたが、ずっと笑っていた。 パワー不足という話も聞いたが、私たちは女4人(うちティーン2人)だ。男4人に比べると100kgほどは軽いだろう。パワー不足など微塵も感じない。

そして「女4人」のチーム構成は死角がなかった。
首都高速は運転に慣れている友人に任せ、私はナビと食事担当。家で焼いてきたくるみパンにハムとチーズを乗せて軽めの昼食をつくる。運転を交代したら役割も交代。ふだんはすべて1人でやっていることを交代してくれる女がいるだけで、なんて楽なんだ。娘らはキャンピングカーの装備を1つずつ確認して既に使いこなしている。頼もしい。あとかわいい。

女だけのキャンプ

キャンプ場に着いたら私は受付をする。その間に目利きの彼女は、目の前に海が広がるいい場所を探してくれる。車を停めたら彼女がタープの設営。娘たちは水を汲む。私は海岸で流木を集め、のこぎりで切る。火を起こしてマシュマロを焼いてコーヒーを淹れる。娘たちにはココア。それから海に行く。

女だけのキャンプ

キャンプ客や釣り人でいっぱいだが、それでも海は荒々しい。娘たちはどこまで行けるか限界に挑戦している。服はびしょぬれだ。磯には熱帯魚のような輝く魚がたくさん泳いでいる。カニが素早く移動しては物陰にかくれ、ヤドカリがゆっくり歩いて行く。流木の横で、小山のようなウミガメが死んでいる。



戻ると友人がホタテを焼き、エビを焼き、ステーキを焼いてくれる。焼きイモと焼きとうもろこしも出てくる。私は採ってきた貝を塩ゆでにしてビールを飲む。飲まない友人にはノンアル。娘たちはジュース。ごはんのときだけどキャンプだから特別だ。

女だけのキャンプ

太陽が空と海を染めながら沈んでいく。遠くの割れたスピーカーから、ビジュアル系バンドが愛を歌うのがかすかに聴こえてくる。

キャンピングカーは楽だ。ベッドがある。幸いにも私たちの好みは少しずつ違うようで、それぞれ好きな場所に陣取る。
すべてを終えた後、友人はスマホと格闘を始めた。これだけは分担できない。

子育ての大変さの1つは、連絡の多さ。一度メールの受信フォルダを数えたら1年で2000通あった。話が通じる相手ばかりではないことも書き添えておく。友人は娘2人だからその2倍。それを今、黙々とこなしているのだ。心から応援する。そして話しかけないでおく。すべての役割が終わったら、また朝まで遊ぼうね。自分のためだけに生きてた時みたいに。

女だけのキャンプ

私は私で、焚き火に木をくべる。鼻かんだティッシュも燃やす。ストレスといらない記憶も燃やす。ストーカー対策に力添えを頼んだら「子供じゃないんだから自分で話せ」と言われたこと。話が通じる相手ならそもそも悩まねーよ! ジャイアントスイングで焚き火に叩き込む。おしゃれした私を場末のキャバ嬢と”褒める”おじさん。イジるのはコミュニケーションじゃねーよ! 地獄突きの態勢で投げ込む。そういういらない記憶がパチパチと音を立てて燃えていく。

燃やし尽くしたところで、焚き火はにわかに輝きを増した。夜空には星が輝いている。いらない記憶は燃やしちゃったから、心の中はきれいなものだけだ。

女が社会で果たす役割は男より多いとされる。そのぶん人との出会いも多く、そのほとんどはいい人だ。今までもらった優しい言葉を思い出す。楽しい記憶を思い出す。無茶な願いを聞いてくれた友だち。心細い日に一緒にいてくれた友だち。ありがとね。大好きだよ。お気に入りの男の子のことと仕事のことも少し考える。

そしてついに考えることもなくなった。空っぽだ。ワハハって笑うとすごく響きそうなほど。
それから海の向こうに並ぶ光を眺めて煙草を1本吸った。

女だけのキャンプ

朝はまた焚き火を起こす。友人が餅にチーズを乗っけて焼いてくれる。私はコーヒーを淹れる。娘たちはキャンピングカーの中でゴロゴロしている。くすくす笑う声が聴こえる。
私たちは焚き火をつつきながら、なんでもない話をして笑う。学生時代に宮島で鹿に囲まれた話。こわー。的外れなアドバイスにソーデスネとしか言えなかった話。あるあるー。職場で元右翼と元左翼が仲良く働いてる話。まじかよー。オチはないし、いらない。

私は彼女のゆっくりしたしゃべり方が好きだ。ゆっくりだけど、たくさんの言葉を同時に並べていくので、「~なんだよね。」までしゃべり終えた時には不思議な国の巨大地図みたいなものができあがっている。彼女と話した人だけが入れる王国って感じで、幸せ。

女だけのキャンプ

それから2人で灯台まで歩いた。
この友人はIちゃんという。伏せ字は面倒だ、本名は今井ちゃんという。いや、本名ではない。日本では結婚すると女は名字が変わる。迷惑な話だ。とにかく今井ちゃんという。出会った頃はピンクのベリーショートヘアで、オジー・オズボーンも真っ青なほど細い黒パンを履いていた。か、かっこいい…負けちゃおれん!とライバル心を燃やしたのもつかの間、すぐ仲良くなった。今は当時の2倍の年齢になり、ラスボスも倒せるレベルの大人だ。私たちが力を合わせれば、たとえ世界が滅亡しても大丈夫だ。あとキャンピングカーがあれば完璧。

キャンプ場の出口に管理人らしきおじいちゃんが立っている。駐車証を返そうと車の窓を開けたら、利発そうな男の子が走ってきた。お手伝いしてえらいね。後ろに立っているおじいちゃんは、弾ける笑顔で「孫です!」と言った。

曇りひとつないその笑顔。この人は、私たちが楽しく過ごしたであろうことを、1ミリも疑っていない。大当たりです!

女だけのキャンプ

そんなキャンピングカー初体験だった。死ぬまでにやりたいことリストに、また1つチェックを入れられた。

最後に、奇しくもきっかけを作ってくれた、もうこの世にはいない仕事仲間のこと。少し年上のその人は、少し毒舌で少しシニカルで、裏表がなくて(つまりときどき地雷を踏んで)、でもいつも泰然自若としていた。みんなのお兄さんみたいに。最後に一緒に仕事したとき、コーヒー屋でしてくれた話を思い出す。

その人の同い年の女が、最近になって急にブレイクした話。いいな、私もそんなふうに活躍したいなと言うと、私の顔を2秒見て「できそうだよ」と言った。それから煙草をキュッと消した。

それが最後の話題。ああ、また会いたいけど、次は天国ですね(行く気満々)。その前に、死ぬ前にやりたいことリストに、もっとチェックを入れなくちゃ。

「オープンカーに乗る」とか「またメキシコに行く」とか「今井ちゃんと朝まで遊ぶ」とか。


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