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くだらない猫野郎
故郷の親友宅で、笑い転げる猫に出会った。
もちろん本物の猫ではなく、手拍子などの音に反応する玩具である。
まったくくだらないオモチャだ。しかし目が離せないし何度も作動させてしまう。
ドデンと寝転がった猫のぬいぐるみに向かってパンと手を叩くと、内部に仕込まれたモーターが作動し、横にぐるぐると回りながら移動する。
まるでのた打ち回っているように見える。
さしてかわいくない造形と相まって、くだらなさはいや増す。
そしてその笑い声。
アハハとかウフフなんてかわいらしいものではなく、イーーーッヒッヒッヒッヒ、ギャハハハハハ、ウワァーッハッハッハゲッゲッゲと下品きわまりない。
一度作動するとなかなか止まらないその勢い、まったく何のエクスキューズもなくハートに踏み込まれる。
それまでの深い話など吹き飛ばす、すさまじいパワーだ。
youtubeで見つけた動画の再生ボタンを、叩きつけるようにクリックする手が止まらないし、もう買ってしまいそうだ。魔法か。あるいは呪いかもしれない。
人生には努力ではどうにもならない局面が訪れることがある。
そんな時、自分で決められることといえば、涙にくれるか、あきらめて笑うかだ。
何かの役に立つものを、心の底から笑うのは難しい。万が一、失礼にあたる危険があるからだ。大人になった今、そのリスクは侵せない。
その点、くだらないものは手放しで笑える。誰を傷つけることもなく。
存在する意義などないのに事実、存在する不可思議こそが、逆説的にそのくだらない存在を、全肯定するのではないか。
友人、知人より「ダメ男が好きでしょ」と立て続けに指摘される私だが、キミ、くだらない野郎の癒し力について一度考えてもらいたい。存在意義などないのにだな(略)
どうしようもない激務の中、どうにもならない理不尽のもとで、人を笑顔にするのは、実のところはこんなくだらないものなのではないか。
もしも彼氏にフラれたら、さめざめ泣くよりも、このくだらない猫で笑いたいものだ。
あっ彼氏はいませんでした。くだらねえ。こんな猫野郎いらない。
ちなみに彼氏は随時募集中です。ダメ男以外。オートードージョー。
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