UCLA 

さまよえる携帯
トランスフォーマーの。

 私は焦っていた。どうしようもなく焦っていた。こんな気分の時は携帯でツイッターを見ることにしている。画面を流れる知的な皆様の投稿と、突発的な自分のズルズルのオヤジギャクの対比は、まず深呼吸して考えることの大切さを思い出させてくれる。私は過去の失敗から学ぶ女だ。

 しかしその携帯がないのだ。しかもここはアメリカ。いつも助けてくれる小林少年はいない。ピンチというほかない。

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 まずはここまでの経緯を説明しよう。

 LAに来るにあたり、どうしても訪れたい場所があった。世界の知が集結するUCLAだ。
 私だって世界の知の一人。ぜひともUCLAに行き、敷地内で自撮りのうえ「ついにUCLAに入りました」とフェイスブックに投稿せねば…。そんな使命感に突き動かされてアメリカまで来たのだ。

 バスを乗り間違えながらUCLAに着き、しめしめと携帯を取り出そうとポケットをまさぐる。

 ない。

 携帯がない。カバンかな……ない。ポーチの中かな。帽子を脱いで中も確認する。持っていないはずの四次元ポケットも確認した。が、ない。

 えーと、こんな時はどうするんだっけ。あ、ツイッター見よう。いや、携帯がないと見れない。あ、友達にメールを…いや、携帯がない。緊急時の心得をネットで検索…いや、携帯がないんだってば。

 カリフォルニアの真夏の日差しの下、UCLA玄関口でアホウのように立ち尽くす東洋人を見かけた方、それは私です。

 きっとバスの中だ(希望的観測も含め)。
 そしてこの短パンのせいだ。西海岸を気取ったオシャレ花柄ショートパンツのポケットは浅く、中の者は24時間脱走可能。このやろう、こんなちょっとしたくびれ程度でポケットを名乗るとはけしからん。断固としてコミッショナーに抗議させてもらう……

携帯を見つけた後で!

LA LA LA

LA

 まずは手近なバスに走った。同じ模様のバスなら乗務員が情報を持っているはずだ。俗にいうドラクエ方式である。私は遠くジパングからはるばる訪れし善良な旅行者ですが携帯を失くしたので助けてください!
 アフロの運転手さん(サミュエルエルエルジャクソン似)はしばし悩んだのち、遠方より聞こえる雷のようなくぐもった声で言った。

「メトロ・センターかな。そこに忘れ物は集まるハズだ。きっと。たぶん。かもしれん。ウォーシューヴォーマンにある」

 メトロ・センター。LA中の賢者が知を持ち寄り研鑽する地に違いない。分かった行ってみる!
 でもウォーシューヴォーマンってどこ? どのバスに乗ればいい?

「そりゃウォーシューのバスさ」
「ウォーシュー?」
「そう、ウォーシュー」
「ごめん書いて」

 かくしてウォーシュー(ウィルシャイア)通りのヴォーマン(バーモント)という停留所を目指して、新たなバスに乗ったのであった。

「快速に乗らないとマジで遠いぞ」という教え通りラピッドのバスを選び、ウォーシューヴォーマンで降りるから教えてと乗り手には要請済みだ。

 車窓を流れ行くのは西海岸らしい優雅な建物、南国風の木々、笑い合う人々。なんと平和な王国だ。対して我が心象風景は呪いの森に迷い込んだよう。一歩ずつ体力を奪われていく。何しろ携帯がないのだ。はぐれメタルに遭遇して野垂れ死ぬのも時間の問題だろう。さよならみなさん。こんなことなら冷凍庫に残したハーゲンダッツを食べておけばよかった。

 「善良な旅行者ですけどもう着いた?」「ま〜だ〜ちゃんと覚えてるから! 言うから!」というやりとりを何度か経てたどり着いたウォーシューヴォーマンは、巨大な交差点だった。「信号を渡って右がメトロ・センター」と言っていたが、建物だらけじゃないか。

 だが案ずるな。私にはドラクエ方式がある。

LA

 探し出したメトロ・センターは20平米ほどの広さで、LA中の賢者が集まるには少々、小さいようだ。3つの窓口のうち稼働しているのは1つだけ。しかし1人いれば十分だし窓口の金髪ボーイは優しそうだ。こんにちは善良な旅行者です!

 ことの経緯を説明し終えたところで、彼はおだやかに微笑んで言った。

「それは気の毒だね。でもぼくは何もしてあげられないな。だってここはただの切符売り場なんだもん」

 LAに賢者はいなかった。……滅びよ!

「でもそこの1番の電話からお客様センターに無料コールできるよ」

 神よ暴言を吐いてスミマセンでした。

 お客様センターが混み合っているのは世界共通。鬼の形相で粘ったのち繋がる。

「ハイこちらは◯◯センターでございます。御用向きはなんでございましょうか?」
「(なんて言ってるか分かんないけど)わたくしは日本から参りました非常に善良な旅行者でございます」

 事の顛末を説明するとド丁寧な彼が尋ねた。
「バスの車体ナンバーは覚えておいでですか?」

 そんなもん覚えてるわけな…

 なくないかも!? だって私は旅行者。デジタル一眼を持ち歩き、ところ構わず撮り歩いている。もちろんバスの中でもだ。もしかしたら…

あった!
一部手すりで隠れているが、このフォルムは…6!

LA

「OK! では携帯の外見を教えてください」
「黒いアイフォンです」
「黒いアイフォンですね」
「いえ、正確には白いアイフォンに黒いケースを装着しています。
 トランスフォーマーの。」
「あー、はいはい、トランスフォーマーね! オーケーオーケー!
 ちょい待ってて今探すから! 切らずに待っててよ?」

 急に砕けた口調になったところをみるとトランスフォーマーファンに違いない彼は、何度も待っとけを繰り返して電話を保留に。当り障りのない世界共通の保留音楽が流れる中、途中、何度か「まだ待ってるね!?」と確認が入ったのち再登場した彼は、急にかしこまって言った。

「わたくしどもは今しがた、貴殿の携帯電話をですね(トカ何とか)」

えっなになに? あったの? なかったの?

「あったよ携帯。トランスフォーマーの」

 17:26にノースイーストコーナーに来る◯◯番のバスの乗務員が持っているので待ち構えて受け取れという。
 神よありがとうやったあ! もしもし電話口のお方、差し支えなければお名前を…トニー?
 サンキュートニー! ゴッドブレスユー!

 かくしてノースイーストコーナー(交差点の北東)で仁王立ちに待ち構えていると、予定より少し早くやってきたバス。乗務員が笑顔で振る手には黒いアイフォン。トランスフォーマーの。

「ありがとーまぢ感謝このレモネード飲んでよ!」「いえ、受け取れませんよ」「じゃあアメちゃんはどうだ」「いやホントにいらない」という押し問答の末、ありがとうありがとうと受け取った携帯。お前がこんなに大切な存在だって、今まで気づかなくてゴメン。ぼかぁもう一生君を離さない所存でございます。

LA 

LA UNDERGROUND

ではまたらいシュー。


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