2022.4.19

バイクの何がいいって聞かれたら困るけど (たぶんその5)

ノートン、お前だったのか。


「ご都合どうですか?」と聞かれて2秒後に行きますと前のめりに返信。それから猛烈に仕事と家事をしてバイクを点検した。そして気合いの入ったニワトリも叩き起こす勢いで早起きし、紳士たちが集う海老名SAへ。バイクは絶好調だ。

しかし数十分後、これである。

さまざまに手を尽くしてくださったが調子は戻らない。かくしてツーリングの日、家から早くも50kmのところで乗り物を失ったのであった。(ご報告:アンメーター交換で直りました。ここまでご一緒した辻本さんありがとうございましたっ)

しかし私のエンフィールドは本来、魔法で動いているはずだ。なぜこの日は止まったのだ。その理由は後に明らかになるのだが、ともあれ決断をしなければならない。電車で帰るほかない。サヨナラミナサン。生きていればまた会うこともあるでしょう。しかしそこでヒゲの紳士オノさんは言った。

「いいよいいよ、乗せてくよ」

えっ、タンデム? そういう甘酸っぱい選択肢もアリですか?

誰かを乗せると運転に少なからず影響することはライダーなら誰でも知っている。しかし私はオノさんの心が海より広いことも知っている。ふふふ(悪い笑顔)…私は虫も殺さない善良な市民ですっ乗せてください!

でもその代わりみんなの撮影要員になるね。…という考えは甘かった。オノさんの車両はこれである。

Triumph TR6 1958年製(聞いてメモったけど自信ない)

バンッと加速する。すごいスピードで走る。まるで凶暴なカマイタチだ。聞けばレース用のエンジンだそうで、いつもそよ風の速度で移動する私はしがみつくのでせいいっぱいだ。後方からの証言によると、マンガみたいに落ちそうになっていた、とのこと。


しかしタンデムは最高だった。クロノメーターの針がカチカチと独特の動きをするのを初めて見た。しばし見惚れる。そしてオノさんはカーブを出る時、私より少し早いタイミングでアクセルを開けていた。なるほど。この方が安定しそう。次乗る時試してみよう。運転がうまい人の後ろに乗るとべんきょうになるのだ。

勉強になるだけではない。きれいな景色が見えれば「きれい」と伝えられる顔がそこにある。いつもは独り言だが、この日はオノさんがうなずいてくれる。体を密着させてさまざまなことを話す。はっきり言ってこれはキスしてもいい距離感だ。実行するかどうかは別だ。いつも一人で歌うお線香の『青雲』も、この日はオノさんが一緒に歌ってくれた。せいうーん。


宿も素敵だったしみんなの話、楽しかったよ! お風呂も気持ちよかったよ!

そして帰り道は途中からこちらに乗せていただいた。

Norton N15 CS 1967年製(これも聞いてメモったが自信ない)おい、「こんなモデル級ライダーにまりっぺ釣り合わないよ」って言った子、手をあげなさい。先生怒らないから。

しなやかに加速し、いつのまにかすごいスピードになる。大型のネコ科肉食獣が獲物を捕まえる時、こんなふうに走るんじゃないだろうか。すごい速さで景色が流れていく。

バイクと人との信頼関係の築き方はそれぞれ違っていて、タンデムはその信頼関係を垣間見られる。仲のいいカップルの部屋に招かれた時みたいに幸せだ。わーい、素敵な部屋だなあ。わーい、素敵なバイクだなあ。またがっていいですか?
いいよ。

私にはすこし大きいけれど、かっこいい。「Norton」というロゴもかっこいい。とにかくかっこいい。というかなんか、知ってるなこれ。Norton。なんだっけ。

豹のようにスマートに走り用賀駅まで送ってくださった。見送って電車で帰ろうとするも、心で何かが暴れている。言葉にならない何かが。なんだこれは。なんだチミは。喫茶店に入り、メモ帳を取り出して書く。行った場所とか。考えたこととか。そうこうするうちに、前夜エンフィールドをピックアップしてくれたコルニーのハギワラ王子様から「直ったよ」と連絡が入る。えっ、もうですか? 今から取りに行っていいですか?

電車の中でもまだ考える。何か気になる。ノートに書いてみる。カタカナで。「ノートン」。

あっ

お前だったのか!!!

興奮しながらバイク屋に到着し、お礼を言ってお金を払い、ノートンの話を始める。力まかせの四回転サルコウを連発する気迫で。

ノートンが欲しいです。買えますか? 買ったら見てもらえますか? 一緒に探してもらえますか? エンフィールドはずっと大事に乗るんですけど、でも同じ時期に憧れたノートンにも人生で一度は乗りたいです。2年だけでもいいんです。それ以上だと片方がかわいそうになる気がします。コマンドは私には大きいかもしれないです。マンクスもかっこいいです。ドミネーターというのがいいかもしれないです。二気筒がいいです。いや、ノートンだったらいいです。ノートンであることが最重要です。

すべてを聞き終えたハギワラ王子様は「わかったから今日はもうおうちに帰りなさいね」というやさしい笑顔でほほえんだ。


24歳でエンフィールドを買い、ずっと1台に乗っている。18歳で読んだ好きな小説に出てきた憧れのバイクだったから、出会った時は実在することに興奮した。実はその小説にはもう1台バイクが出てくる。それがノートン。もしあの時出会ったのがノートンだったら、今、乗っているのもノートンだったはずだ。

エンフィールドに乗って数年後に子供が生まれミリと名付けた。それから「まりっぺ」としての人生と「ミリママ」としての人生を同時進行し始めた。「ミリママ」は忙しく、「まりっぺ」の人生は一時停止ボタンを押し、好きなものは心の奥に封印した。考えても、手を付けることすらできないから。その中にはノートンもあった。バイクに年間100kmも乗れない年が何年も続いた。

4月に娘は成人した。18歳でノートンに憧れた私は46歳になっていた。

エンフィールドはキック一発で始動。バリバリ飛ばして帰る。アンメーターを変えただけで絶好調だ。やっぱりお前は最高だぜ。でも、ノートン買っていいかい? 友だちになれそうかい?

もちろんバイクは答えない。バイクだもん。人間語は使わない。でも、なんで昨日壊れたの? 探したけど見つからなかったよね。隠してたでしょ、昨日まで。やっぱりエンフィールドは魔法で動いているのかもしれない。動かない時も、それは魔法で動かないのかもしれない。壊れなければ、ノートンに乗せてもらうことはなかったし、封印した憧れを解放することもなかった。

18歳で読んだ小説を今も好きかはわからない。でももうそれは作家の書いた物語というだけでなく、読んだ「まりっぺ」の物語にもなっている。長い間続きは書かれなかったが、そろそろまた始めてもいいんじゃないか。プロレス風に言えば「時は来た!(ププッ)」だ。

ともあれ、そんなわけでノートンを探しています。情報があればください。ちなみにまりっぺの憧れたノートンは「ユーゴスラビア人の殺し屋がイタリア人から盗み道なき道を走って故郷に帰り喜びのあまり河につっこんだノートン」ですが、そういうノートン、あります?



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