2021.3.17

【短歌日記】2021年3月1日〜3月15日

3月1日(月)

今の部屋は壁が薄く、隣の声が丸聞こえだ。テレワークの会話、テレビを観てのひとりごと、全部聞こえてくる。もちろんこちらの声も丸聞こえだ。そこで「うんぽん!」と言ってみる。うんぽんとは、小学生が無数に持つ「うんこ」のバリエーションのひとつで、声に出すことでにわかに心が沸き立つパワーワードだ。ささやかないらだちや微かな傷心などは、うんぽんがかき消してくれるだろう。

うんぽん!

3月2日(火)

カズオ・イシグロの新刊『クララとお日さま』が世界同時発売。いそいそと書店に赴く。アイルトン・セナのスピードで読了。
心の中で疑念の泉が湧き逡巡する。世界のみなさんが読み終わるまで、何ひとつ言いたくないけれど、カズオ・イシグロ作品の中でいちばん好きかも!

3月3日(水)

おひなさまを飾る。私の母から私の娘への贈り物で、京都生まれのその人形は穏やかな顔をしている。ちょっとモナリザぽい。眺めていると世俗にまみれて暮らす心も鎮まる気がいたしますわねホホホ。



3月4日(木)

おひなさまを片付ける。我が家は狭いのだ。さらばだ、また会おう。

ルチャモビールの紐が切れたので直す。ルチャモールは横山千裕さん(@datamasitu)の作品。軽やかに風に舞うルチャドールは、何にも縛られず自由に生きる大切さを思い出させてくれる。わけではないが、かわいい。好き。

3月5日(金)

大好きな編集者が借りぐらしの家にやってて、最近読んだ本やアニミズム、京都学派のことなどを教えてくれる。こういう知性のひとに信頼されるよう努力し続けたいものだ。
とある寄付をしたら有名編集者と同じところに名前が並べられていたそうで、すごくうらやましい。私もしかるべき時が来たら寄付しよう。

しかし何に。むしろ私に寄付が必要なんじゃないか。この貧しきライターに。寄る辺なき人生に。放浪の果てに。
さまよえるユダヤ人か。

好きな人が夢に出てきてよっしゃちょー面白いこと話したろって意気込んで、あのですね! というところで目が覚めた。人生は思い通りにいかない。



3月6日(土)

文章書きが進む穏やかなサタデー。明日は安息日だなんてサタデー最高。

3月7日(日)

ガソリンのタンクキャップのフタが外れ、キャップ本体の中で何かがカラカラ音がする。

バイクは絶対に自分ではいじらないと決めている。大事なバイクを壊したくないからだ。自分で直せるのがかっこいいが、人には向き不向きがある。前に乗ってたビラーゴ250を自分でせっせといじった挙げ句、125ccにしてしまった私が言うんだから間違いない。

そんなわけで今の愛車エンフィールドの整備はすべて、ノスタルジックガレージ コルニーのハギワラ王子様にお願いしている。ハギワラ王子様は、どんな時も私を助けてくれる王子様です。

しかしタンクキャップぐらいは自分で直さないといけないだろう。

用心しながら分解してみる。押して閉めるタイプだから、たぶんバネ入りだろう。開けたときにそのバネが部品を跳ね飛ばさないように、用心しながらカバーを外す。やはり大きなバネが入っており、その中に小さなネジと小さなバネが落ちている。

まずは深呼吸だ。はじめに構造を解明だ。カギを回すと、いくつかの突起が動き、上に重ねられた2枚のプレートを左右に押し出し、ロックがかかるようだ。なるほどね。突起とプレートの穴の重なり方を確認したのち、ちゃんと元に戻せるように、順番に部品を外して順番に並べる。

落ちていたネジとバネはどこにあったものだろう。たぶんフタを留めていたものだ。ネジの長さとフタのネジ穴の深さに差異があるから、バネを噛ませることで本体に密着させる方式だと想定。たぶんネジにバネを通してから締める構造だろう。仮で組んでみると、正常に動作する。おけー、わかったぞ、完璧だ、直せる。

と、本締めしたところ、フタのネジ穴が砕けた。

そういうところだ。ネジを締める力加減の「あんばい」も、プロのワザのひとつだ。これがエンジンの部品だったら壊滅的だった。

そんでハギワラ王子様のところに行って新しいタンクキャップ買って、なんでか肉まんごちそうになって、美しい東京の夜景の中を走って帰った。美しい休日。



3月8日(月)

『ブロークバック・マウンテン』を観た。さいこう。1960年代のカウボーイの同性愛を描いた物語。

男性には女性が置かれた状況を完全には理解できない。同様に、異性愛の者には同性愛の者が置かれる状況を完全には理解できない。

私は同性愛の友だちを無神経な一言で傷つけたことがある。今も友だちだが、謝ってはいない。今後も謝る予定はない。許してもらってほっとしようなんて虫が良すぎるし、人生最大級の失敗として心に石碑を立てて自分を戒めている。理解したと思ったら、それは思い込みだ。

3月9日(火)

Zoomで打ち合わせ、のちZoomで取材、のちZoomで取材。Zoom Zoom Zoom。ダムドに「Neat Neat Neat」という名曲がありましたね。ダムドというのは70年代半ばに活躍した英国のパンクロックバンドです。ににに!



3月10日(水)

ルチャ友とルチャの話。今のルチャの話ができる友は貴重だ。 先日、別の友人が「プロレスファンは過去に生きがち」的なことをFacebookに書いていたが、確かに昔の話をする人は多い。でも私は今の話のほうが楽しい。今のルチャが好き。

音楽を好きな若い女性は、ときにビートルズを知らないフリをするという。理由はビートルズおじさんが鬱陶しいから。ああ、いるいる、そういう人。きっと悪い人ではないけれど、害がある人。水を差しているのに気づいていない人。

音楽に出会う瞬間はとてもピュアなもの。初めて聴く音は貴重な一次情報で、かけがえのないもの。そこに昔の話は無粋だ。せっかくのコーヒーに泥水を垂らすようなものだ。まじでそれぐらい台無しにすることあるよ。ビートルズおじさんもストーンズおじさんも、彼女たちに近づかないで。

私も彼女たちを見習って「ミル・マスカラスって誰ですか」という顔をしようかな。サングレ・チカナもネグロ・ナバーロもペロ・アグアヨも知らない。知ってるけど知らない。

これは嘘ってわけでもない。名前は知っていても実際に試合を見たことはない。同じ時代を生きていなければ、試合を見ることはできない。動画で見るのは「知っている」うちに入らない。Lo se pero no conozco. 面識もない。

その点、今のルチャは新日本プロレスがCMLLの選手を呼んでくれて、実際に見ることができる。カリスティコだって日本で見られる。カリスティコはメキシコのルチャブームの立役者で現在最高峰のルチャドールです。彼にインタビューできたことは、死ぬ前に美しく思い出すことでしょう。

カリスティコのことは知ってるよ!


ファンマニ2019大会記念Tシャツの中央にいるのがカリスティコ。なぜ今、2019のTシャツが目の前にあるかというと、引っ越しの片づけをしていたら、イラストレーターの後藤恵さんに送ったつもりになっていた見本が出てきたから。送りました。遅くなってスマン。

3月11日(木)

美容院に行く。襟足を刈り上げてもらって満足。

ふと思い立ち、仙台の伯母に連絡する。伯母は外国人と帰国者(中国残留孤児とよく言っていましたよね)に日本語を教えている。60歳を超えてから急に、本を出したり講演をしたり表彰されたり、活躍している。最近はZoomで学習支援をしているそうだ。iPadとスマホを駆使して電子決済とやらもこなす。コンピューターおばあちゃんだね。かっこいい。

3月12日(金)

尊敬する知人に長いメールを書いたのち、Zoomでオンラインイベントのリハーサル。
リハーサル好きだな。香盤表も好き。やみくもにがんばっていた頃を思い出すからかな。

若い頃の仕事の思い出は複雑な形をしている。たくさんの失敗と後悔、その逆に何か掴んだ瞬間や達成感が雑多に並んでいる。きれいなガラスの破片が埋め込まれた芸術作品みたい。触るとケガするけど、1個しかないし捨てないでおく。

3月13日(土)

今日のお仕事は、オンラインでイベントの司会。司会は好きだ。登壇者が輝くのを手伝う感じが。そういう補佐は得意なんだ。たぶん父からの遺伝。

しかし観客の反応が見えないので、すこし不安になる。登壇者の話が面白いと思ってるのが私だけだったらどうしよう。 あ、でも記事を書くときと一緒か。心のオーディエンスは身を乗り出して聞いているから、きっと大丈夫だ。

イベントは好評だったようだ。でしょ。素敵な話だったもん。

3月14日(日)

娘が小さい頃は思うように仕事ができず、私が皿を洗っている間に男性の文章書きは良い記事を書くのだろう、と思うと、羨望と焦燥、諦め、反骨心の雪崩が起きていた。

いや、状況を嘆くのはまだ早い、戦略的撤退だ、わたしがついている安心したまえ。と心のコンボイ司令官が言うので、とりあえず皿を最後まで洗う。コンボイ司令官はとくに役に立つ助言をくれるわけじゃないが、感情の雪崩はガシッと止めてくれる。頼もしい。これこそ理想の男性だ。実のところ助言なんていらないんだよね。

話を戻すと、皿を洗う時に思い浮かべていた男性の1人は武田砂鉄。CINRAのメルマガのコラムはいつも可燃性の刺激をくれた。メラメラ。

武田砂鉄の『わかりやすさの罪』を非常に楽しく、かつ面倒くさがりながら読んだ。わかりにくい、ってことはない。わかるけどわからない。ということを、いい塩梅でわかりやすく伝えてくれた。さすがあ。こういう考察力と言語能力に長けた偉人に、女性の置かれた状況をわかりやすく伝えてほしいものだ。おうえんします(他力本願)。

ほかにも皿を洗いながら思い浮かべていた文章書きといえば、てらさわホーク。全面的に好きです!!! おうえんします!!!

3月15日(月)

『ヘルボーイ』(2019)を観た。悪くないねえー! でも私はデル・トロに心酔する者ですので悪口言わないようにしなきゃ〜という自制が働いているよ!!! マニア気質だけど善良なマニアでいたいんですよ私は!!!

ただこの作品の殺しは好みに合わない。殺しというのは悪趣味な映画ファンがウヘヘと語るテーマだが、殺しにもいろいろあるんですよへっへっへ。たかが殺し、されど殺し、好みがある。

たとえばランボーの殺しは好み。怒りの度合いに比例する殺しは必然性がある。それにランボーがやるって言うならしょうがないでしょうか。どんどん殺りましょう。

でも『ヘルボーイ』で地獄からやってきたやつが人間を引き裂くとかアゴだけちぎるとか、そういうのは単なる残虐描写止まりではないか。「とにかく巨大で恐ろしい奴らが来た!」なら、掴んで投げ飛ばす(そしておそらく死ぬ)ぐらいに留めてもいいんじゃないか。まあ、人によっては殺しの数は多いほうがよかったり、より残酷なほうがよかったりするのはわかる。でもこれじゃ、せっかくの闇の女王の殺しが霞んでしまうではないか。

この女王(ミラ・ジョヴォヴィッチ)は、右手をチョイと何やら動かすだけで、相手が変なふうに曲がっていく。うわ、こわい。どんどん曲がっていく。そんでちょっとずつ小さくなって、苦しみながら死んでいく。これはファンタジー性の高い「良い殺し」ですよ素晴らしいですよウヘヘ。

ほかにもいいとこいっぱいあったな〜ヘルボーイの内なる悪魔の描き方は退廃的でドラマチックだったし、出自に関するむちゃな設定もいい。いいねいいね〜エクスカリバー抜いていこうよ〜

でもさ、やっぱロン・パールマンが見た…あっいやいや、うそです! 前のやつ見るから大丈夫! デヴィッド・ハーバーも見慣れれば大丈夫!

でも。『ロスト・チルドレン』でロン・パールマンが「ヒーター」と言うシーンを見て以来、彼は特別な存在です、という人は私だけではないはずだ。好き。

さて、短歌日記と謳うからには短歌も書いている。まとめて縦書きにしてみた。ではまた。


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