2021.3.8

【短歌日記】2021年2月8日〜2月28日



2月8日(月)

引っ越し。今日から借りぐらし。新しい部屋の窓から見渡せば、一面の墓場。おはよう、あの世のみなさん。新しい朝が来たよ。

こわいわるい大人もすぐに過去になる朝日の墓地に小犬を放つ

2月9日(火)

肉(29)の日ということで、なぜかリフォーム会社のお兄さんに焼き肉をごちそうになる。私が最年長で、やさしい年下のみなさんは「かわいい」「きれい」と褒めそやしてくれる。うむ、ありがとう。知ってるけど。

元機動隊員という若者がいて、友だちのSくんに似ている。Sくんも機動隊員。体つき、髪型、喋り方、肉の焼き方、たちのぼる信頼感が似ている。現役時代の話の一端で「事件ですかー、事故ですかー」と言った彼の背後に、大勢の機動隊員がものものしく待機する風景が急に浮かびあがって、わくわく。

金の微糖おいしいねきみきれいだね心をすこしそっちにやるね

2月10日(水)

ネットが繋がらない。J:COMから連絡が来るはずが来ない。もし私がマ・ドンソクならすぐ来るのだろうが、私はマ・ドンソクではない。

見た目がマ・ドンソクではないからといって、優しいとは限らないのに、J:COMもとんだ勘違いをしたものだ。本当は地獄の1丁目生まれで、悪そうなやつはたいてい友だちで、赤子も頭からかじって食べてしまう暴虐の化身なのに。

そして心には広能昌三が住んでいて、ことあるごとに「誰にモノ言うとんじゃ〜ワレェ〜」との荒ぶるのに。広能昌三というのは映画『仁義なき戦い』の主人公で、広島県呉市の暴力団「美能組」の初代組長、美能幸三がモデルです。

たとえば先日は、森元会長の女性蔑視発言を聞き、広能昌三が現れた。なに言うとんじゃこんならぁ〜

しかし、今にも出撃しそうな広能昌三を仲間たちが止める。
オヤジ、ここはこらえてつかあさい。
わしらに今できることはないですけえ。
今はよそのもんにまかせましょうや。
わしらの出番はまだですけえ。

平静と暴力の間で2秒ほど反復横跳びをしたのち、心の広能昌三はいつも平静を選ぶ。そしてごはんを作ったり原稿を書いたりする。持つべきものは忍耐強い仲間である。

実際のところ日本は男尊女卑だらけで、小さな組にできることは限られている。広能昌三の出番はここぞという時だけだ。すなわち家族・友人が傷つけられた時だけ。そんな時は満を持して、広能昌三がズズイと出てくるであろう(あの曲で)。おう、何かあったらわしに言えや。

放屁すらあらたに響くクロノスの目を見て愛を告げた朝には


それではお聞きください、呉シティ・ウィンド・アンサンブルによる『仁義なき戦い』のテーマ、指揮は山守義雄(金子信雄)でお送りします。

2月11日(木)

魚屋の友が魚を持ってきてくれる。近所の総菜屋のとんかつも持ってきてくれる。この友は知力と体力を備える武闘派で、とても気が合う。おかえしに黒糖飴をあげる。
黒糖飴、おいしいよね。うん、おいしいよね。じゃあね。うん、じゃあね。

木製のボディに響くガレ道の 明日に向かって撃てるのか、今

2月12日(金)

J:COMから感じのいい若者が来て、デジタル信号を頑なに拒む旧世代のテレビを見られるようにしてくれる。チャンネル設定をしながら、飼っている白蛇の話と、爬虫類ショップでかわいいイグアナに噛まれた話を聞かせてくれた。「ぼくも爬虫類顔って言われますし、えへへ」と言った彼のまつ毛は黒々と長く、こういうかわいいヤモリいるなと思った。

走り去るナミブ砂漠のカメレオン実らない恋だれも止めない

2月13日(土)

テレビを見ていた娘がこちらを向いて何かを言った。しかし今は大事な用事(ルチャのインタビュー動画視聴)の最中だ。イヤホンは外せない。
な・ん・で・す・か? とハンドサインを送ったところで、部屋が派手に揺れた(地震)。

真っ先に押さえたのは、鈍く輝く金の彫像。福島県に取材に行った際、不思議な喫茶店「ブルボン」の店主シカオさんにいただいた作品だ。カメラマンと2人につき1つだったので、夜の新宿でジャンケン3本勝負。接戦ののち、昇龍拳の気迫のグーで勝ち取った大切な像である。

路上にはガラスのかけら瞬いてきみは最初はグーと叫んだ

件の彫像。

2月14日(日)

バイクに乗って現実から逃げ出す。おれもうどうなったってかまわないよ。
という顔をして、実際のとこ春の草原に吹くそよかぜのような安全運転で(二度の免停を経て手にした)ゴールド免許を防衛中。王国の平和のためにも長期政権が望まれておる。

愛車のエンフィールドが世話になっている「ノスタルジックガレージ コルニー」で缶コーヒーを飲んで帰る。缶コーヒーのすばらしさは、気軽にあげたりもらったりできるところ。おしゃべりをしている間にトオルさんの車は駐禁を切られた。

ゴミ捨て場に空き缶投げて金ならあるってうそぶくきみとギガを分けあう

2月15日(月)

雨に閉じ込められる。ちょうどいいのでスペイン語の活用を覚える。覚えても覚えても、砂漠の穴に吸い込まれるようにきれいさっぱり姿を消す記憶。なあにまた覚えればいいのだ。わたくしは諦めの悪い女としてやってきました。

ひとは悪にたやすく染まる 御影石を静かに濡らす雨を見ている

2月16日(火)

ようやく登校日。緊急事態宣言により週に2、3日しか高校がない。仮住まいは1K。つまり1Kの極小スペースの中で娘に話しかけられながら、朝ごはんと昼ごはんと晩ごはんを規則正しく作りながら、原稿を書くのである。

書けるかバカ!

と投げ出した原稿を書く日である。女ってやつは忙しいなバカ! と毒づきながら。

第1号被保険者はソロモンの歩みでひとり緑道をゆく



2月17日(水)

家だと集中できず、喫茶店を求めて町をうろつく。すると同じ境遇の「ママ友」に会い、しばらく立ち話。社会貢献度の高いスバラシー仕事をしているその人も、プライベートではいろいろある。2年ぶりなのにそういうこと話してくれるなんて、やさしいな。

ところで持ち歩く用のノーパソはキーの配置がいつものパソコンと違い、油断しているとズザザッと真っ白い場所に行ってしまう。
虚無だ。人間の生は結局、無に帰すのである。しかし今は原稿を書かねばズザザッ。

大昔の辞書から逃げたことだまを追跡しつつ行くゴビ砂漠

2月18日(木)

Zoomで短歌。充実。短歌は31文字とすぐ書き終えられる短さなのに、終わりがない。ずっと作れる。いいものだ。

ライターとして売文をするたび、自分の言葉が痩せていくような怯えがあった。言葉を売るというのは、十字路で悪魔に何かを差し出すようなものではないのか。

そこで短歌を始めた。言葉を金に替えない試みとして。そして今は、言葉は無限の組み合わせができ、どんな使い方をしても大丈夫な懐の深さがあると知っている。頼もしいぜ、短歌。

始めて5、6年になるが、一向に初心者の域を出る気配がない。でも構わない。ビギナーでいる限り、永遠にビギナーズラックは終わらないのだ。

ことばにも寿命があって旧石器時代であればきみと行きたい

2月19日(金)

午前中はスペイン語の勉強。午後は仕事。そののち「レトロ」というルチャドール(メキシコのプロレスラー)について調べる。レトロは秘密主義で、友人にも自分がルチャドールだと明かしていないそうだ。なんてロマンチックなんでしょう。

私より美しい顔とイノセンス嫉妬に湿る指を隠した

2月20日(土)〜2月21日(日)

バイクに乗って現実から逃げ出す。ヒゲの貴公子に誘われて素敵な逃避行。これは別の機会に書こう。ニット帽の貴公子による事件が多すぎたから。

ニット帽のおまえを諭す春うらら海沿いのまちの警察署長



2月22日(月)

オンラインで取材。取材の延期の打診もいくつかあった。

コロナの直前まで職人にインタビューするシリーズをやっていて、ある日、つづら職人のところに出かけた。仲良しの編集者・カメラマンと遠足のように出向き、土台の竹籠に漆を塗り終わるのを待って、いろいろと伺う。作る工程や材料のこと。後継者のこと。

「どうして職人の道を?」
「サラリーマンやってるのに飽きちゃって」

その方はふふっと笑った。いや、笑ったかどうかはわからない。表情豊かな方ではなかった。でも私が話を聞くことで、ちょっと楽しい時間になったらいいな。取材ではいつもそう思う。

窃チャしてジェラート食べよパンクした後輪横に滑らせながら

2月23日(火・祝)

原稿を書き終えたらダフト・パンクが解散していた。ダフト・パンクとはフランスの2人組ミュージシャン。キャリアは28年で、ヘルメットのようなものをかぶっている。

ヘルメットの彼らは年を取らない。キャリアは28年だが老いの兆候はない。

ダフト・パンクのすごさはその知名度。彼らの演奏するハウス・ミュージック(あるいはエレクトロ)がなにかを知らなくても、ダフト・パンクという名前は知っている人は多いのではないか。子供だって知っている。ハウス界のアントニオ猪木だね。

エレクトロだからといってコード進行が大きく逸脱するわけでもなく、モータウンとか昔のポップミュージックのような、身体感覚に逆らわない心地よい曲。そこに電子の音をたっぷりと重ねていく。爆弾を詰め込むみたいに。

Epilogueという最後のミュージックビデオは完璧だった。ダフト・パンクという長い物語を完結させる美しいMV。自分で終わらせて去っていくなんて、誰にでもできる芸当じゃないよな。

ヘルメットのふたり並んで行く砂漠ふりそそぐ連弾のおわりに

2月24日(水)

奈良時代が始まったのはいつか、で娘とケンカになる。そののち、ケーキによる謝罪。「平和な1日」として記録を改竄する。不都合な歴史については今後とも積極的に改竄していきたい。

チョコレート色の瞳はまっすぐで「ぴえん」のあとに小鳥さえずる



2月25日(木)

原稿を出してから渋谷に出かける。借りぐらし中の外出着は1セットしかないので、常にジョニー・ロットンのコスプレをしている感じになる。ジョニー・ロットンとは英国のパンク歌手です。

「飲み会を断らない女」が叩かれ過ぎではないか。私が社会に出た98年には、たくさんの先輩方に「飲み会は断るな」と進言された。飲み会を断って仕事を失う女もたくさんいる。飲み会を断らない以外の選択肢があったのだろうか。上司やクライアントに好意を寄せられたとき、どう飲み会を断ればいいのか。

などと考えていたら心のイエス・キリストが歩み出てこう言った。

「2016年7月から20年12月にかけて東北新社から接待を受けた総務省職員13人のうち21年2月24日付けで懲戒処分を受けた9人の名を挙げられる者が石を投げなさい」

すみません、1人もわかりません。

こたえは谷脇康彦、吉田眞人、秋本芳徳、湯本博信、吉田恭子、井幡晃三、奈良俊哉、玉田康人、豊嶋基暢です。うち最も接待金額が多かったのは谷脇康彦総務審議官の11万8000円です。

家事仕事家事家事仕事海を割るモーゼも同じ気持ちならいい

2月26日(金)

仕事に追われる。ありがたいことだ。だが苦しい。

2月27日(土)

引き続き仕事に追われる。とても苦しい。部屋が狭い。

2月28日(日)

Zoomで歌会の司会。題詠「砂漠」。すばらしい歌が揃う。

謎の多い友人「マッケンさん」から連絡あり。マッケンさんの誘いだけは断らない女としてやってきました。

カズさん(通称photoさん)も一緒に焼き肉を食べながら、オープンカーが欲しい旨を切々と語っていると、広い部屋に引っ越すほうが先決であると指摘される。

もっともな指摘だ。しかし居住空間よりもですね、大事なものがですね、とだだをこねていたら、アイスクリームを買ってくれた。
おいしかったです。

アメリカの古い車を手に入れてきみと銀行強盗に行く


★TOPに戻る★