毎週月曜新聞 悪のロゴ
2018.4.22


エンジンがボンっていって止まっていろいろ考えた。

バイクを壊した。「壊れちゃった」のではない。私が壊したのだ。新東名高速道路のトンネルの中で。

MAXスピードで走り続けてはいけないことは分かっていた。乗り始めて20年だ。そういうバイクでないことは知っている。
でもあの夜は変だった。世界が美しすぎた。走り続けたいという衝動を抑えられず、20年目にしてついに失敗しちゃったわけ。

この衝動については後に述べるとして、エンジンがボンっといって沈黙した瞬間、いろいろ考えた。

「ごめん!」
バイクに乗ればストレスや悩みと折り合いをつけられた。20年間私を癒やし続けたバイクが、私の無茶で壊れたのだ。そもそもこのバイクではなく、もっとスピードが出るバイクだったなら、すっとばして死んでいただろう。身を挺して守ってくれたのだ。助かったよ、ありがとう。直すからな、と思った。

「死ぬ!?」
即座にニュートラルに入れ必要と思われることをした。タイヤがロックしていたら飛んで死んでいただろう。少しでも見通しが良い場所に進み停める。トンネル内はエンジンの轟音が反響して電話の声も聞こえない。徐々に判断力が失われていく。タペットカバーを開けて気づいた。背後50cmを走る大型トラックは信用できないことを。運転手がエッチなことでも考えて白線を越えれば私は即死。今は死んではいけない理由がひとつふたつある。生きないと。広い路肩を探してトンネルの出口まで押した。本宮山トンネルは2kmあるそうだ。遠かった。エンフィールドは総重量280kgだそうだ。重かった。

「無力!」
つっぱって生きてきたが1人では何もできないのであった。私はちっぽけな存在だった。

「私のバカ!」&「しょうがないよね」
20年乗っててやっちゃいけないことは分かってるのに私のバカ!
でも私は知っている。私の中の衝動の存在。やっぱりまだいたか衝動よ。久しぶりだな。ずいぶん小さくなったね。まあちょっとは会いたかったよ。

お前のおかげで高いところから何度か落ちている。うち2回は失神したが大した怪我はしていない。
お前のおかげで広い川に飛び込んだ。あれはたぶん九死に一生を得たってやつだ。
お前のおかげで急に旅に出た。どれも楽しかったよ。

仕事に支障があるので衝動は矯正した。怒らないように、ケンカしないように、調子に乗らないように、人の話は聞くように、話題のセクハラは流すように。請け負ったのが最悪の現場でも最後まで逃げないように。今もフリーで仕事ができているということは、ある程度矯正できていたってことだろう。

衝動で痛い目をみたこともあるし、助けられたこともある。どっちにしてもお前とは一心同体で行くしかなさそうだ。しょうがない。だって生まれつき一緒にいるんだもん。震えるな大丈夫、お前のことをバカにするやつには「うるせえよ」と言ってやるからな。


さて、なぜ生還したかというと、知り合ってまだ半年の優しい人がバイクを運んでくれたから。まあまあ遠いのに。いや、かなり遠いのに。夜なのに。バイクを荷台に乗せて手早く固定し、まずはコーヒーを飲めばいいと提案してくれる。そういや超寒い。どうやって帰るのか思い出させてくれる。深夜バス乗り場まで送ってくれ、24:15の新宿行きに奇跡的に間に合う。何より怒らなかった。控えめに言って超かっこいい。なぜそこまで優しいんですか?

でもこの感じ、なつかしい。

10代の頃、衝動的な私に優しい友達がたくさんいた。「マリコだからしょーがない」と無茶な私に寛容だった。そういうみんなも無茶だったけど。みんな大好き。
で、同じ匂いのする人にまた会えるとは、私の暮らす世界ってスバラシーな。大好き。

たぶんこの人の中には、私よりずっとすごい衝動が住んでいるんだ。強い人は己を通せるんだと思った。生まれ持ったものをそのまま持ち続けるんだ。
よくよく考えてみると、憧れの人はみんな衝動を持っている。素敵で、少し生きづらそうだ。私も衝動と一緒に生きる限り、バカにされたり怒られたりするだろうな。でも衝動よ、お前は大切なやつだと分かってる。大事にするよ。隠すけどね。

20年間、私はそれなりに立派なバイカーだった。スピードを上げすぎず大切に乗ってきた。安全運転だしゴールド免許だ。
一夜の失敗でバカの称号を得たがしょうがない。あの夜は美しかったし、それが私だ。

早くまた乗りたい。


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