毎週月曜新聞 悪のロゴ
2017.3.29


ガススタがゆうれい

 悩んでいる。素敵な人に誤解を与えてしまったらしく、それをどうにか解きたいが、神の啓示に耳を澄ませても聴こえてくるのは近所のカラオケ(プリンセス・プリンセス『DIAMOND』)だけ。
 そんな日だからか、22歳の時のことを思い出した。

 当時大学4年だった私は、サブカル三等兵として最前線で闘っており、ゴダールが夜通しかかるとあれば出向き、そうでなければ実家の居間で深夜の一人上映会。しかも選ぶのはクシシュトフキシェロfghghjklとか、アレハンドロホドロsdfghjl;:とかいう難解な名前の難解な作品ばかり。日夜、サブカルの沼で自分を探しながらズブズブと暮らしていたのだった。
 その沼は底なしのようだった。そこから生きて帰るのは不可能に思えた。しかし、もしかしたらアレがあれば…!

 そしてアルバイトをして密かに教習所に通い、禁じられていたバイクの免許を取得。さらにアルバイトをして中古のバイクを手に入れた。赤いタンクの250ccのアメリカンタイプで、憧れのデニス・ホッパーの車両よりもずいぶん小ぶりだが、クラッチレバーの端が折れているのがワルっぽくて気に入っていた。(このバイクはその後、無理な自己流カスタムを繰り返した結果、道路の真ん中で燃え始めることになるのだが、それはまた別の話。)

 さて、お気に入りのバイクでその日も大学に向かい、途中でガソリンスタンドに寄った。ガススタの店員さんはハイテンションだ。

「キヤッポッケーーェェィ!」(キャップOKの意)
「ルオッコッケーーェェィ!」(ロックOKの意)

 いつもの元気すぎる掛け声に送り出されたのだが、問題はその1週間後だ。
 友人の車に乗せてもらい同じ道を通った時、そのガソリンスタンドが廃業していた。空虚な店舗にカサカサと紙くずが舞い、薄暗い待合室には人の気配はひとかけらもない。
 「ここ、潰れてしもうたん?(ここ、潰れちゃったの?の意)」。そう言った私に友人が答えた。
 「何言うとん、3か月前じゃろ(何言ってるの、3か月前でしょ、の意)」


なにぃーっ!?

 1週間前に寄ったよ? おじさんがキャップを外してお兄さんがお釣りをくれたよ? しかもいつも通る道だから間違えるとは考えにくいよ? これはつまり、8割5分ぐらいの確率で幽霊だよ?

 などということは一切言わず、「そーじゃったかいね(そーだったっけの意)」にとどめた。サブカル三等兵の証である高まりすぎた自意識は、世の中の9割5分を毛嫌いしており、当然、「私、見えちゃうの〜」という霊感アピール女子も粛清リストに入れてあった。霊感アピールになることだけは自分に許さん。

 黙っているうちにじわじわと喜びが湧いてきた。ついに見たのだ。口に出したことはないが、密かに憧れていた霊感を私も手に入れたのだ。しかも3か月の間、ガススタはそこにあった。私が入るのを、そのガススタはじっと待ってくれていたのだ。

 その後私は生き延びることに成功した。そうです、私はサブカルの沼から生還した数少ない女性兵の一人なのです。

 そしてあの「キャッポッケーイ」と「ロッコッケーイ」は生きているガススタと何ら変わらず、むしろ元気いっぱいで、20年近くたった今でも思い出すと元気をくれるのです。


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