毎週月曜新聞 悪のロゴ
2016.7.12


何かの免罪符を得たはずだ

ベランダで洗濯物を干していた。地獄の仕事ウィークだったが、洗濯物がマッターホルンほどになっていたので梅雨の合間の好天が惜しかった。

インタビュー構成を考えながらタオルなどをパタパタやっていると、目の端を何かが横切った。振り向いて我が目を疑った。巨大な幼虫が、灼熱のベランダを全速力で横切っていたのだ。

葉っぱの影にいるような小型タイプじゃない。茶色い頭にミシュラン君のような白いふくよかボディ。どう見ても将来的にはカブトムシ級の逸材であり幼虫界の王者。そんなお方がなぜ。どうやって。なんのために。とにかく怖い。

突如ベランダに訪れたアポカリプスに、頭の中のスーパーコンピューターがすぐさま選択肢を提示した。
1 逃げる
2 ぶっ殺す
3 てつがくする

1
を選択したいが、残念ながら我が家にこういった問題の対処者は私しかいない。目を離した隙にスリッパに隠れるなどのゲリラ戦に持ち込まれたら我が方に勝ち目はない。かといって2を選択するのは王に手をかけるようなもの。心の準備が必要だ。というわけでいつものように3を選択した。

てつがくはいい。見かけは現実逃避と思われるかもしれないが、その実は、人の道や社会保障の有り様などについて熟考しているのであり、仮にそうでないとしても証明は難しいところが利点だ。職業として成り立たないのが現状だが、未来の日本のために有益なのは明らかだし住友財閥あたりがいずれ出資してくれるのではないか。

かくして目玉焼きの半熟加減の数値化について思慮に思慮を重ねていたところ、ベランダの来訪者はプランターの影に到達した。そうだ、その下から土に潜り込め。そして立派なカブトムシになった日にはまた会おうぞ。

しかしまたぞろ彼は飛び出してきた。なぜだ。その大きなボディにはプランターの穴は小さすぎたのか。

重厚なボディで灼熱のベランダを急ぐさまはさながらサバンナを往く獅子の如し。しかしおい、そっちの方向はエアコンの室外機のみ、生きる望みは限りなく低いぞ。それでも行くと言うのかバカヤロウお前ってやつはッ

その時、ココロの芥川がアンニュイな様子でこちらに一瞥を投げかけた。

まさかこれは。あの有名なあれか。蜘蛛を助けたカンダタが地獄に堕ちた際、お釈迦様の計らいでどうとかいうやつか。

かくして覚悟を決めた私は割りばしを取り出し、できるだけ目の焦点を合わせないようにしながら来訪者をそっと挟み、プランターの土に降ろした。彼はしばしキョトンとした後、モリモリと土を掘って姿を消した。

任務の重さに肩で息をしながらわたくしは、無限の愛情がこの身に満ちるのを感じておりました。人助け(虫だが)とはなんと素晴らしいのでしょう。一寸の虫にも五分の魂。罪のない者の命を救ったということで、神よ、いざという時には良しなにお願いしますよへっへっへ。


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