毎週月曜新聞 悪のロゴ
2015.4.8


審査員特別賞(一般人枠)
和製ドルフ・ラングレン

一斗缶がドカッと置いてある無骨な喫煙所に、引き締まった体躯の男性たちが機嫌良さそうに集っている。彼らが発する言葉には、母音の「あ」が多い。アハハ、ガハハ、バーカ、ハイハイ、ワアー。たくさんの屈強な肩の間で、明るい「あ」が弾んでいる。

この中にいるはずだと、一人ひとりの顔を失礼にならない程度に見て回る。全員がふだんは出会わないほどたくましく、実のところ私には見分けがつかない。背の高さと骨格を思い出そうとすればするほど、記憶の中の顔がぼやけていく。そうだ、広報官だからカメラを持っているはずだ。そう思ったところで向こうが気づき、ああ、と声をかけてくれる。

私が着ればコートになりそうなシャツがパンと張っている。頬骨、鼻柱、顎の先がより濃く日焼けしており、磨きあげた銅板のように光っている。取材に対してお礼を言われ、見上げながら、こちらこそ、と返す。

年に3度ほどの行事で会うたび、表面の質感は変わる。制服が薄手になり、厚手になる。肌の色が濃く、薄くなり、夏は艶めき、冬場はマットになる。しかし彼の周りの張り詰めた空気はいつも一緒だ。分子が均一に舞っているような、ゆらぎやゆがみのない澄んだ空気。

礼儀正しいが社交辞令やお世辞は言わず、いつも本題から話す。お久しぶりですの後は、行事の概要、見てほしいところ、見ると楽しめそうなところを簡潔に教えてくれる。その後で、前回の取材のお礼。

それが終われば、多少雑談をすることもある。半年ぶりですね、髪が伸びましたね、短くされましたね。テレビの司会者ならその後は、身の回りの近況報告だ。最近はどうですか?

そうですね、ここ◯年ほどは、南方の島に物資を運ぶことを想定した演習が主になってきました。そのために、○○という場所から、○○という機械で…

話の内容が理解できない上、その訛りは私の出身地から遠いようだ。北関東だろうか。東北だろうか。集中していないとすぐに話の流れを追えなくなるので、主題を暗闇で手探りしながら、外国人同士の会話のように、文章の中に知っている単語を探す。島、ヘリ、物資、演習、船舶、2度めの演習、ドラム缶、骨折。

ウルトラマンと会話をしたら、こんな気分になるのではないかと思う。今まで言葉を交わした中で、いちばんヒーローに近いのは彼だ。年齢はまったく見当がつかないが、周囲との会話から察するに「若手」だ。妻や子どもはいるのだろうか。子どもはいくつぐらいだろうか。新聞を賑わせる国会での不穏な進捗を、彼や彼の家族はどう思っているのだろうか。

取材の翌日、お礼メールとともに、かっこいいヘリコプターなどの写真を何枚か送ってくれた。写真の腕は私の数段上なのだ。


先月は夜間の駐屯地一般開放の取材で会った。酒盛りの夜桜の下でも、彼はいつもの安定した分子をまとい、大股で歩いてきた。小走りでついていきながら挨拶をする。今日もありがとうございます。この集団は隊員の家族や友人です。向こうの集団もそうですから肖像権などは問題ありません。どうぞご自由に撮影してください。

開放時間が終わり、通用門まで見送ってくれる。ありがとうございました、の後に、雑談しようと試みたが、まだ本題が終わっていなかった。

自分はこのイベントには反対です。

夜間のイベントの危険性を危惧し、事故が起こった際に予測される国の対応の不備を危惧し終わって初めて、雑談に入る。私の故郷の近くで行われた演習について話してくれたが、私にはそれがどこか分からなかった。

彼は、私の知らない世界の唯一の窓口だ。彼の向こう側に拡がる王国の人たちも、きっと彼と同じだろう。もし私が人の道を外れた発言をしたら、彼は即座に指摘してくれるだろう。いつもの訛りで。私なら人に意見するとき「意を決する」が、彼にはそんな必要はない。私には知り得ない覚悟に則って行動しており、私には持ち得ないしっかりした思想的座標軸を持つ。

帰りの電車ではいつも、温かい安心感でいっぱいだ。いい国に暮らしているなあと、いつも実感する。何か起これば、覚悟の王国の住人たちが確実に守ってくれるもん。でも、誰が彼らを守るんだろう?

次の取材は夏の予定。取材が終わったら、雑談を試みようと思う。いつものように「失敗」するだろうけど。


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