毎週月曜新聞 悪のロゴ
2012年3月19日の月曜日を
お知らせします

ヒップホップユニットナールズ・バークレイにハマってる。



素晴らしい歌声だ。
どんなイケメンが歌ってるんだと検索したところ、ブッチャーにクリソツであった。
勝手に夢敗れたが画像検索結果によって爆笑の渦に巻かれたから良しとする。

ところで新婚まこつ画伯が挙式を…

山田花子

テンションの高いブス!

この底力あなどれん。

オスカー・ワオの短く凄まじい人生

オスカー・ワオの短く凄まじい人生  読んで以来、悲劇の描き方について考えている。
 それぞれが負う悲劇がヒドすぎて笑えるほど。いや、笑うしかない悲劇が存在するのは確か。無力な者への理不尽な暴虐は、呪いと呼んでもいい。作者は、暴君の統治=呪いをくぐり抜けて自分を明るく育ててくれた祖先への讃歌としてコレを書いたのではないか。

 と、思い込もうとしてる。
 「強くて悪いヤツ」に対する不満や怒りのエネルギーが大きすぎて、読後感は不快。
 なぜ「フク」という呪いにそこまでこだわるんだよ。そんな怒りをかかえて生きて何になるつもりだ。ベストセラー作家か。あたしゃやだよ。
 と、私の中のまる子が泣きながら言った。

ホテル・ルワンダ

ホテル・ルワンダ  1994年のルワンダ紛争。当事の人口730万のうち80〜120万人(調査困難)が虐殺されたそうで、現在も虐殺容疑者の裁判は続けられている。
 94年てわりと最近じゃん。信仰心を持たない私も、どうか人々の魂を救ってくださいと願わずにはおれん。
 虐殺シーンはリアルでありながら描写はソフト。これなら大勢の人に見てもらえる。弟にオススメしてもらったけど、悲惨過ぎる映画ならオススメもされないだろうし。実際コレ見るまで虐殺のこと知らなかったし。
 しかし国連軍の大佐を演じるニック・ノルティの醸しだす無力感。肩を並べる者がそういるとは思えないな。眼鏡をかければソクのび太。
 そして舞台になったホテル「ミル・コリン」は現在も四ツ星ホテルとして営業中。たくましくて安心した。

アンダーグラウンド

アンダーグラウンド  プロパガンダは笑いに包むのがいちばんいいというのが持論でございます。
 エミール・クストリッツァ作品はどれも超おもしろいから観てみて☆過去にいちお一覧にしてました。でもDVDなってないやつもあるかも。。。

ヒロシマ・ノート

ヒロシマ・ノート  悲劇と言えば、世界で最も有名な原爆モノであろう『ヒロシマ・ノート』。まずは2008年の自分の読後感↓
 今まで避け続けてきたが、一度は読まねばなりますまい、と、ついに手をつけた。
 まだ「巨匠」ではなかった作者が、自分のヒドい人生を振り払うべく、もっとヒドい場所であるヒロシマへ行ってみた話(←前書きでの本人の告白を乱暴に抜粋)。  まず、平和運動の是非に焦点を当て、被爆者と被爆都市のその後が、淡々と、真摯にレポートされる。
政治と民意の乖離、国際情勢との温度差、原水協内においての方向性の不一致、そして被爆者のそれに対するスタンス。知らない事が多すぎた自分を、反省。やっぱ知らないと後世に伝えられないからね!
 しかし、重い。
 プロローグの3P目で早くも、胸のあたりに大きな塊が生まれ、どんどん上にあがってきて・・・・・・「ううぅっ」って、自分の口から聞いたことない嗚咽が漏れた。カフェ・ベローチェで。会社の昼休みに。 帰宅後、3分の2まで読んだところで、自分の手が尋常じゃなく震えているのに気づき、またしても中断。
 時と場所と自分の体調を考慮して読みましょう。
 しかし、生涯で一度は読みましょう。

 このプロローグの部分は、悲劇についての思考軸となっている。

広島三文オペラ 『広島三文オペラ』作者の深草獅子郎さん(中国新聞のインタビューをご参考までに)は『ヒロシマ・ノート』にも登場する人物。
 プロローグには彼の論文からの引用がある。

「被爆して、ひととおりの悲惨な目にあった家族が、健康を恢復し、人間として再生できたという物語はないものだろうか」

 当事者が描いて欲しいものと、部外者が描くものは乖離している(ことがある)ってことか。
まずコレだけは覚えとこ。

 ただ、当事者は語らないでしょふつう。井伏鱒二の『黒い雨』にあるように結婚差別もある。 身の回りにいる人を思い浮かべても、自分のツラかった話をすすんでするのは変態がほとんどだ。それか正義感が強く知力と体力に秀でた超人だ。

 つまり多くの場合、悲劇を描くのは当事者じゃなく、取材者だ。

夕凪の街 桜の国

夕凪の街 桜の国  広島にも「ゲンバクを知らない(体験してない)者がヘタなことを言ってはいけない。かもしれない。たぶん。」という自主規制がふんわりとある。
 そしてもちろん「けしからん」とか「不謹慎だ」とかいうのも当事者ではない。

「ゲンバクを語れるのはヒバクシャだけである」という不可侵条約に、ふんわりタッチで切り込み大成功しているのがコチラ。
 ひとことで言おう。必読だ。

なぜ広島の空をピカッとさせては
いけないのか

なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか  一方、2008年、Chim↑Pomによる美術作品「広島の空をピカッとさせる」は、いけんに決まっとるじゃろうがあ〜、と広島人の逆鱗に触れ、展覧会は自粛。「ピカッ」ていう文字が空に浮かんだ時点では、アレなんだろう、ウケる、って人も大勢いたと思うけどね。この日の夕刊が出るまでは。
 世界へ届くエンジンを持つ数少ない日本人表現者がせっかく取り上げてくれたのに、モッタイナイと言うほかない。

 Chim↑Pomについては、よく知らないけど好きになれる自信はない。でも村上隆と同様、日本の国力の一端を担う人だから、足を引っ張ることはしない。むしろ背中を押したい。

ねこのごんごん

ねこのごんごん これ、すごく綺麗な絵本でお気に入りなんですよ。(←ごめん調べたら絶版だった。読みたい人うちにおいで)
作者は大道あやさんという広島の画家。昨年、101歳で亡くなったときに知ったのだが、彼女の人生には想像もつかないで数々の悲劇があった(wikiで調べてね)。この明るい絵に込められていたものを思うと胸があつくなるよ。
 ちなみにあやさんのお兄さんは『原爆の図』で有名な丸木位里という画家。兄妹でこうも作風が違うとは。

 結局、何を言いたいかといいますと!みなさんがおっしゃるように「記憶に残すこと」の大事さですよ!カタチにするべき。風化させないように。

 外国に行くと「ヒロシマ出身」はインパクトがあるようで、酔っ払ったロシア軍人は「じゃあアメリカ嫌いだな?つうことは我々は仲間だな!」と言い、繊細なイギリス紳士は「ご家族の遭われた悲劇をボクは覚えておくからね」と目頭を押さえ、アメリカの高校生は「ナニソレ食べれるの?」という反応をした。
 もちろん国籍だけでなく個人差もあるが、外国人が知っていることが驚きだったし、どこかでその情報を目にし、わたしたちの近い先祖を覚えていてくれることがうれしかった。70年何も芽吹かぬだろうと言われたヒロシマを復興させた種族だから、広島人がムダに誇り高くても大目に見るべきだと思うよ?とくに私とか。

 最近、原発絵本プロジェクトなるものがあるらしいね。内容は見てないけど、こういうカタチに残すプロジェクト、その行為自体は無条件で尊敬するわ。ちょっとヘンだなーとは思うけど関係ない。

 ただ、私が今週何かリッパなことをしたと思われても困る。ダンボールでルチャバッジを作ったのみだ。
ルチャ
 かわいいじゃろ。デキの良いやつはイラストレーターの後藤恵ちゃん作だ。大好きなのでブログサイトにリンクを貼っておく。
 ちょ、もう出かけないと!またらいシュー☆


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