幻のてつじろう
のどかな休日の午後、唐突に父が言った。
「柴犬を飼うのはどうだ」
当時小学校中学年だった私は犬が欲しすぎて、犬の写真が載ったカレンダーをねだり、犬のぬいぐるみを机に飾り、お向かいさんちのコロちゃんの散歩をさりげなく待ち伏せしたほどだ。立派なストーカーである。
よって父の提案に狂喜乱舞したのだが、その日から悩ましい夜を過ごすことになる。恐怖政治により兄弟内絶対君主体制を敷く長女=私が、暗黙のうちに命名権を勝ち取ったからである。
音速の思い込み力で、犬は全員オスだと信じていた恐るべき子供だ。当然、男の子の名前を考え始める。
ロボ?…機械じゃないし。
ジェシー?…これじゃガイジンだし。
健太?…健全すぎるな。
初心に帰って太郎?…長男は気難しいヤツが多いぞ。
じゃあ次郎?…次男はなかなかイイぞ。でもちょっとジミかも。
哲学の「哲」、スマートなセカンドの「二」、王道なダンディを表現する「郎」で「哲二郎」。知的でキリリと男らしいじゃん! てつじろう、ひらがなにしてもカワイイし。カツゼツの悪い子なら、てつじどう、になるだろうなフフフ…
学校から帰ったらまず散歩だ。コロちゃんと仲良くできるかな。大きな犬がいたら守ってやろう。一緒にお風呂に入ったらお母さん怒るかな。
と、万全の態勢で子犬の来る日を待った。待ちに待って待ち続けた。
結論から言おう。てつじろうは来なかった。
父は、我が家の庭のキャパシティのことを忘れていたのである。 「狭いところで犬を飼ったらカワイソウ」という倫理上の正論で武装した権力者(父)に、熱意だけの無力な平民(私)がかなうわけもない。
権力者の思いつきなど所詮そんなモノ、反故にされてもわれわれ平民は地べたで悔しがるほかないのである。初めて知る平民の苦い敗北感に打ちのめされた若きまりっぺは、せめてこの問題を無自覚だが未来あふれる後継者たち(弟)に周知し、啓蒙しようと声をあげる。
お父さんなんかだいっきらい!
声高く革命宣言をし、夕食をボイコットするため自室にこもった。その決意は30分後、空腹により破られることになる。早くも2度目の敗北である。その時、まりっぺは苦渋の表情でこう語ったという。
「空腹は人類の敵である」
しかし革命もムダではなかった。体制側より代替案の提示があったのだ。
かくして、広大な敷地を誇る祖父の家にフワフワした子犬フロムチャイナがやってきた。チャウチャウだ。お、お前そのファニーフェイスは…どう見てもてつじろうじゃないな。ゲリってるし。よし、もふもふ野郎、お前に似合う名前をつけてやろう…ゲーリーだ!
しかし命名への暗い情熱も徒労に終わった。権力闘争に敗れた私の命名権が剥奪され、本家の長である祖父に移動するのは当然のことであった。
祖父がつけた名前は「力丸(りきまる)」。知的で素敵なダンディズムからは2億光年の距離だ…(でもかわいすぎて溺愛)
かくして私とてつじろうの愛の生活は幻となった。犬カレンダーの1984年は終わり、ぬいぐるみもどこかへ去った。
今では犬がオスばかりじゃないことを知ってるし、飼おうと思えば決定権のある立場となった。しかしてつじろうに注いだほどの情熱が、他の犬に湧いたことはない。
そして、てつじろうが全く存在しないかというとそうでもなく、夢で共に冒険におもむくこともあるし、日課である妄想時に知的で素敵な会話を交わすこともある。てつじろうは、自在に日本語を操り、必要に応じて変身もできちゃうスーパードッグだ。広大な脳内で放し飼いなのである。
ところで最近、背後に何者かの気配を感じるのだが、てつじろうだよね?だよねだよねそうだよね?

←『まりっぺの革命ダイアリーズ』に残されたてつじろうイメージ図
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ラーメンを食べられる状況を、お金がないとは呼ばないし、節約へのアイデア、熱意ともに希薄すぎやしないだろうか。それにお金があったところで彼氏に貢ぐわけだから、節約する意味がどこにあるのだろうか。
この件に限ったことではなく、すべての消費は無駄遣いではなかろうか。
ヨーフクや遊興費のみならず、家賃、食費、光熱費、教育費も、嗜好が入る以上、無駄遣いの側面は大いにある。貯蓄だって、将来の無駄遣いのためにとってあるにすぎない。
突き詰めると人生そのものが無駄である。
だからと言って生きるのをやめる必要はまったくない。
無駄なのになぜか生き続けているフシギこそが、不条理で美しいではないか。無駄を省いてしまっては、生きる意味がない。
「賢いマネー活用」などと無駄遣いを指南されて心を乱してはいかん。賢い生き方など存在しないし、理由なき無駄遣いこそが人生を輝かせるのだ。
自炊をして節約しようという不純で即座にくじける決意より、最初から胸を張ってラーメンを食べればいいのだ。
何より大切なのは、私の意見には耳を貸さず、給与を受け取った時点でいくらかを貯蓄に回すことである。
それはさておき、意志の弱さには定評のあるわれわれだ。かくいう私も今、深夜にもかかわらずレーズンパンに致死量のバターを塗って食べているところだ。
夜食の罪悪感を紛らわすために屁理屈をこねているうちに乱暴にひねり出した詭弁。 それが月曜新聞だ。気をつけろ★
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